聖日礼拝 「 共に喜ぶ」
説  教       谷村禎一長老
福音書 ヨハネによる福音書 15章11節
使徒書簡  フィリピの信徒への手紙2章1~18節

先週の説教では、使徒パウロの生涯と、彼がこの手紙を書いた歴史的背景について分かち合いました。ここで少し、補足しておきたい情報があります。 「フィリピ」という地名は、かつての口語訳聖書では「ピリピ」と記されていましたが、現在の新共同訳や聖書協会共同訳では「フィリピ(またはピリッポイ)」と表記されます。ここはマケドニア東部に位置した古代都市で、現在はギリシャの世界遺産となっています。ローマ帝国時代には、東西をつなぐ交通の要衝として栄え、「小ローマ」と呼ばれるほどの植民都市でした。

パウロにとってフィリピは、第2回伝道旅行で最初に教会が誕生した、非常に思い入れの深い場所です。2章12節にある「わたしの愛する人たち」という呼びかけは、他のパウロ書簡と比べても、彼の深い愛着がにじみ出ている珍しい表現です。フィリピの人々もまたパウロを慕い、彼が牢獄に繋がれていた時も、献金やエパフロディトという協力者を送ることで、献身的にパウロの伝道を支え続けました。

2章の冒頭には「キリストを模範とせよ」という小見出しがついていますが、これは「キリストにあって心を一つにせよ」という勧めでもあります。ここには、教会の一致を保つための大切な心構えが記されています。

パウロは、キリストにある励まし、愛、交わりを土台として、同じ思い、同じ愛、同じ志を持つよう促します。それは、利己的な思いや虚栄心を捨て、謙虚になって「他者を自分よりも優れた者」として敬う姿勢です。自分の利益だけでなく、隣人のことにも目を向ける――。これこそが、教会が一つであるための秘訣です。

続く6節から11節の「キリストの賛歌」と呼ばれる箇所は、パウロ自身の言葉というより、当時の教会で歌われていた賛美の引用であると考えられています。

キリストは神の身分でありながら、それに固執せず、自らを空しくして仕える者となり、十字架の死に至るまで従順であられた。そのゆえに、神はキリストを高く上げ、すべての名にまさる名を与えられた。

この美しい賛歌がパウロの通常の文章と異なるのは、イエスの死の意味や復活の事実を説明することよりも、主がいかに低く降り、そして高く上げられたかという「神の謙卑」のプロセスに焦点が当てられている点です。

パウロがこれほどまでに「一致」を強調したのは、実はフィリピの教会の中に分裂の危機があったからです。4章を見ると、ユオディアとスィンティケという二人の女性指導者の名前が挙げられていますが、かつてパウロと共に働いた彼女たちの間でさえ、不和が生じていました。

パウロが建てた教会といえども、決して理想的な「完璧な集団」ではありませんでした。教会もまた罪人の集まりだからです。それは現代も変わりません。教会の建て替えや牧師の交代といった節目に意見の対立が起き、去っていく人が出るという痛ましい現実を、私も耳にしてきました。

しかし、だからこそパウロは問うのです。「キリストにある励ましと愛を土台として、なお同じ志を持つことはできないか」と。これは個々の教会の問題だけでなく、教会同士の関係においても言えることでしょう。わたしたちは、このパウロの切実な勧めを、自らのこととして受け止めたいと思います。

この手紙を読んでいると、パウロが獄中にいることを忘れてしまうほどの喜びに満たされます。彼はかつて「…投獄されたことも度重なり、鞭打たれたことは数えきれず、死ぬような目に遭ったことも度々でした。」」と告白していますが、その伝道は常に命懸けでした。外には「曲がった時代」の圧迫があり、内には分裂の火種がある。その困難の中で、パウロが最も願ったのは、皆が「共に喜ぶ」ことでした。

聖書には「喜び」という言葉が繰り返し登場します。17節でパウロは、自分の命が犠牲として捧げられる可能性――すなわち死刑の可能性を予感しながら、「それでも私は喜ぶ。だから皆も喜びなさい」と語りかけます。

「いつも喜んでいなさい」という言葉は、単に「いつも笑顔でいなさい」という意味ではありません。悲しい時や、不条理な事件が起きた時にまで、無理に笑うことは不可能です。 ここで使われている「喜ぶ(Rejoice)」という言葉の真意は、日本語の「喜び」の枠を超えています。それは、外側の状況がどうあれ、魂の深いところで「大丈夫だ」と神に信頼し、安心している状態を指します。

ですから、「主にあって喜びなさい」という言葉は、こう言い換えることができるでしょう。 「主にあって安心していなさい」 「主にあって希望を持ちなさい」

感情は命令されて湧き上がるものではありません。しかし、聖書が「喜びなさい」と命じるのは、それが一時の「気分」ではなく、「どこに目を向けるか」という意志の選択だからです。最悪の状況下でも、神とのつながりに目を留め、信頼し続けるという「決断」。これこそが、パウロの説く「喜び」の正体です。

パウロは、自らの死が近づいていることを「いけにえとして献げられる」と表現しました。彼は自分の人生を、福音のための競技を走り抜いた「完成」として捉えていました。自分が世を去っても、福音は広がり続ける。その確信があるからこそ、彼は死を前にしてもなお、希望をもって「共に喜ぼう」と言えたのです。

今日、わたしたちが共に歌った讃美歌419番の4節に、「主は飢えたものに、その身をパンとして与えてくださる」という歌詞がありました。これを聞いて、私はふと「アンパンマン」のことを思い出しました。 作者のやなせたかし氏は、戦中・戦後の飢えを経験し、「本当の正義とは、お腹を空かせた人に食べ物を分かち合うことだ」という結論に達しました。「生きるということは、誰かに何かを与えることだ」という彼の哲学は、あの有名な主題歌の歌詞に結実しています。 「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび」

アンパンマンは顔をちぎって与えますが、主イエスは一度きりの命を、わたしたちのために丸ごと捧げてくださいました。 主がわたしたちに与えてくださったのは、「喜んで、安心して、希望をもって生きなさい」という勇気です。わたしたちが共に支え合い、互いに与え合いながら、この「共なる喜び」を形にしていきましょう。

父と子と聖霊の聖名によって。