聖日礼拝 「焼き魚を食べるイエス」
説  教      谷村禎一 長老
新約聖書   ルカによる福音書24章36~43節
使徒書簡 コリント人への第一の手紙 13章12〜13節

 

復活されたイエスが焼き魚を食べて見せたという話はルカによる福音書にだけ書かれています。ガリラヤ湖でとられた魚は、弟子たちにとって身近な食べ物で、イエスと何回も食卓を共にして食べていたでしょう。しかし、イエスがそこまでしても、弟子たちは主イエス本人だと認めることができなかったのです。私たちは主イエスが蘇られたことをどのように知っているのでしょうか。そのことをみ言葉に聴きたいと思います。

36節から順に読んでゆきます。エルサレムで弟子たちが集まって話をしていました。「こういうこと」とは、二人の弟子がエマオへの道すがら、イエスに出会ったこと、一緒に食事の席についたことです。すると真ん中にイエスが現れて「平和があるように」と言われました。平和があるようにとは、先ほど歌いました讃美歌の「やすかれ、わがこころよ、主イエスはともにいます」の状況ですが、弟子たちは、やすまるどころか、恐れおののきました。イエスが亡霊だと思ったからです。亡霊という言葉は、英語でspiritと訳されている聖書、ghostと訳された聖書があります。Spiritは聖霊の霊のことです。Ghostは亡霊で恐れられますが、spiritはそうではありません。ここは霊が元の意味に近いようです。どちらにしても弟子たちは恐れています。イエスは言われます。あなたたちはなぜそんなにかき乱されているのか?どうして、心に疑いが湧きあがるのかと。イエスは自分の手と足を見せて触ってみなさいといわれます。でも、弟子たちは、喜びのあまりまだ信じられず驚いたままの状態です。喜びのあまり、まだ信じられずというのは、一見矛盾する不思議な状態ですが、うれしすぎて夢のようで信じられない状態です。エマオへの道で心が燃えたはずの弟子でさえ信じることができませんでした。

この箇所でルカが書いているのは、弟子たちがなかなか信じようとしない頑な態度です。イエスは見る、触る、食べるとあらゆる方法を駆使して自分であることを示しています。イエスは弟子たちに、なぜ、わたしを見捨てて逃げたのかとは言われませんでした。一方、弟子たちは、イエスの元から逃げ去り、イエスの十字架での死を知って、諦めと失望の中にありました。

イエスの顕現と言われる復活は私たちの信仰の中で一番大切なポイントです。もしイエスの復活がなかったなら、キリスト教は成立しなかったでしょう。しかし、初めて聖書を読む人にとって、復活は受け入れるのが難しく、躓きにもなります。

皆さんはイエスが復活されたことを信じておられると思いますが、どのようにして、またなぜ、簡単には信じられないようなことを信じるようになりましたか。無神論者でアンチキリストあった私が聖書に出会ったのは大学生の時でしたが、復活は科学的にありえないと、理解できなく、受け入れることは不可能でした。

イエスを葬った墓が空であったことがイエスが復活されたことの証拠だとされています。なぜからになったのかの理由が当時、言われていました。埋葬したのが仮の墓であったので別の場所に移動されたとか、アリマタヤのヨセフが聖地化されるのを避けるために別の場所に移した、盗まれたとか、イエスが仮死状態だったとか諸説言われていました。しかし、このように詮索しても復活は理解できないと思います。証拠を並べて検証することはできないのです。

復活は私たちが自分で理解して、なるほどとわかることではないのです。聖書に書かれている復活が神の介入によって歴史的な出来事として起こったことと信じることが問題でしょうか。たとえ、イエスの復活を事実として受け入れても、復活したイエスが私たちと共におられないなら、生きた信仰ではないでしょう。自分自身が復活のイエスにどのように出会ったか、教会の礼拝に、この世に主イエスがおられることを信じているかが最も肝要なことではないでしょうか。

椎名麟三という作家をご存知でしょうか。彼は共産党員でしたが、聖書に出会って1950年に39歳の時に洗礼を受けます。椎名麟三がこのルカの聖書箇所を読んでいた時、イエスが焼き魚を食べた箇所で閃きを得ました。これは神のユーモアだというのです。焼き魚を食べて見せるという過剰なサービスに笑ったのです。そこまでしてくれることに愛を感じたのです。そのような必死なイエスに出会った時、椎名麟三はイエスが復活したということを信じることができたのです。わたしは学生の時にその文章を読んで、笑って受け入れるということに驚きました。焼き魚を食べる行為を笑って受け入れることができるのかと。真剣な顔で焼魚をムシャムシャ食べて見せている姿は、実に滑稽です。椎名麟三は、そのイエスにイエスの深い愛を感ずると同時に、神のユーモアを感じたのです。

椎名麟三は次のように書いています。「イエス・キリストを信じるものは、すっかり救われているかというと、そうではないということだ。救われていないし、といって救われてもいるという仕方で生きるのである。たとえていえば、人間の苦しみや悲しみの海のなかに投げ込まれていながらも、おぼれないように首を水の上に出してちゃんと息ができるということなのである。もうダメだと思ったときさえ、その首をしっかり支えていて下さるのが、イエス・キリストなのである。」

私たちは、自分は何のために生きているのか考える時に、自分が人生の主人公だと思っています。しかし、自分が中心ではないことに気づく必要があります。

「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである」これはアウシュビッツを生き延びたフランクルが「夜と霧」に記した言葉です。

「自分中心に自分はどのように生きるかを問うのではなく」ではなく、「自分は今、何を神さまから求められているか」とコペルニクス的転回をして考えることが大切です。聖書にこうあります。「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」これは、パウロが語った、信仰による人生の転換の宣言です。もはや「自分が自分の力で生きている」のではなく、「キリストが共に生きてくださっている」。椎名麟三は自己否定のニヒリズムの果てにそのような罪のどん底にある自分をも神様が受け入れてくださることを知ったのです。

先に朗読していただいたように、パウロは次のように書いています。Ⅰコリント13:12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、そのときには顔と顔を合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、そのときには、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。

復活された生身のイエスに私たちは会うことができません。私たちは、見ないで信じるしかありません。しかし、私たちには、天の国において、イエスに会えるという希望があります。その希望を抱いてそれぞれの人生を歩み続けたいと思います。

主イエスの受難についてはそれぞれの福音書で同じような経緯で書かれています、一方、復活の記事は福音書によってかなり異なっています。証人がさまざまな人物であり、イエスが現れた場所も多様です。その中で最も印象的なのは、ヨハネによる福音書にある、復活のイエスに最初に会ったマグダラのマリアのことです。209ページの20章、下の段です。16節で、イエスが「マリア」と呼びかけられると、それが主イエスだとマリアはすぐにわかりました。弟子たちは、恐れ、喜んででも。まだ信じきれなかったのですが、マグダラのマリアはすぐにわかったのです。そのころ、女性の証言は法的にも認められていませんでした。「使徒たちには、これらの話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。」とある通りです。男性の弟子が女性の証言を軽視していたのかが明らかです。その時代にあって、マグダラのマリアが復活したイエスの証人になったことは画期的なことでした。主イエスは、弟子たちへのメッセージをマリアに託されました。17節の後半です。わたしの兄弟たちのところへ行って、「わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところにわたしは上る」ことを弟子たちにつげるように言われたのです。このメッセージはとても大切な内容です。主イエスにとっての父なる神が、イエスの兄弟となった私たちの父なる神になったのです。

先ほど歌いました讃美歌532番は、フィンランドのシベリウスの交響詩『フィンランディア』のメロディからとられたものです。その頃、フィンランドはロシア帝国の圧政下にあり、言論統制が敷かれており、祖国の自由を求めて1899年にシベリウスが作曲しました。後になって、シベリウスは交響曲から合唱曲を編曲しましたが、そこで使われた歌詞は、その150年前のドイツの女性詩人シュレーゲルによるものでした。彼女はドイツ敬虔主義の信徒でした。Stille, meine Seele, lass den Herren walten(静まれ、わが魂よ、主に委ねよ)という歌詞でした。この讃美歌には「祖国の苦難からの解放の願い」と「イエスにある魂の平安」が込められているのです。

私たちは、今、国々の為政者の横暴な振舞いによって混乱している世界にあって、戦争が続き、分断が叫ばれる絶望的な状況に生きています。しかし、その只中に、復活の主が来てくださり「シャローム、静まれ、主に委ねよ」と言われます。それによって、私たちは愛を携えて、平和と和解のために、地の塩、世の光として誠実に働くように召されているのではないでしょうか。

父と子と聖霊の御名によって