聖日礼拝 「神の沈黙のなかで」
説  教      谷村禎一 長老
旧約聖書  イザヤ53章 1節~9節
新約聖書  ルカによる福音書 23章 50節~56節

今日から、ルカによる福音書の説教に戻ります。
前回の箇所で、私たちの主イエスは、十字架にかかって命を落とされました。
そこで、今年最後の礼拝では、主イエスの「埋葬」について語ることになります。

十字架の死に続くこの箇所は、暗く、心が重くなる印象を受けるかもしれません。
しかし、私たちはこの箇所からも、喜ばしい福音を確かに聴くことができます。
そして、その福音を携えて、今年を締めくくりたいと願っています。

「墓に葬られる」という箇所は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、4つの福音書に記されています。必要に応じて並行箇所も参照しながら、読み進めていきたいと思います。

さて、イエスが亡くなられたあと、当然のことですが、誰かがイエスを葬らなければなりません。そのとき、一人の人物が登場します。
50節は「さて」と始まっていますが、原文に近い訳では、「そして、見よ」となっています。

「見なさい、注目しなさい、この人物を」「ここから、大切なことがおこる」という呼びかけです。その人の名は、アリマタヤのヨセフです。

彼は、これまで、聖書には一度も登場していませんでした。
アリマタヤは地名で、エルサレムからおよそ30キロ離れた町で、旧約聖書では、預言者サムエルの生誕地として知られている場所だと考えられています。

ルカは、このアリマタヤのヨセフについて、三つのことを記しています。
第一に、彼は「イエスを裁きにかけるという決議に同意しなかった」人であったこと。
第二に、「神の国を待ち望んでいた」人であったこと。
そして第三に、「善良で正しい人」であった、ということです。

「善良で正しい人」という言葉は、道徳的にも、霊的にも誠実で、高潔な人物を指します。このように言われて、ほとんど欠けがないと評価される人は、実際にはそう多くないのではないでしょうか。

アリマタヤのヨセフについての説明は、福音書で少しずつ異なっています。
マタイは「金持ちで、イエスの弟子」と呼び、マルコは「身分の高い議員」と記しています。
そしてヨハネは「イエスの弟子でありながら、恐れてそのことを隠していた」と書いています。

彼は議員でした。属していたサンヘドリンと呼ばれていた最高法院は、ユダヤ人の宗教的・政治的自治組織でした。ヨセフはその議員の一人でしたが、多くの議員たちとは異なり、イエスの教えに心を向け、イエスが語られた神の国を待ち望んでいたのです。ヨハネが記すように、彼は密かにイエスの弟子となっていたのかもしれません。

ヨハネによる福音書は、もう一人、埋葬に関わった人物がいたことを伝えています。それが、ニコデモです。彼は香料の没薬と沈香を携えてやって来ました。

ニコデモは、イエスの教えに関心を抱き、人目を避けて、夜ひそかにイエスを訪ねた人物です。ヨハネ3章には「新しく生まれる」とはどういう意味なのかと問いかけ、イエスから長い、丁寧な答えを受けたことが記されています。また、ヨハネ7章では、ファリサイ派の人々との議論の中で、イエスを擁護する発言をしています。

ニコデモはファリサイ派の一員でした。それだけに、イエスの埋葬に関わることは、相当な勇気を必要としたはずです。ファリサイ派といえば、イエスの教えに反発し、命を奪う口実を探していた人々だったからです。

サンヘドリン、最高法院の議員は、全部で71人いました。
その中で、少なくとも二人――アリマタヤのヨセフとニコデモは、イエスの教えに耳を傾け、神の国の到来を待ち望み、イエスを殺そうとする企てに加わることなく、その決議に賛成しませんでした。

そしてこの二人が、イエスの埋葬を行ったのです。多数派の中で、少数者として異なる意見を持ち、それを行動に移すというのは、勇気がいることだったに違いありません。

ヨセフとニコデモが、その後どうなったのかについて詳しい記録は残されていません。しかし、ピラトの正式な許可を得て行われた埋葬でしたから、何らかの処罰を受けたとは考えにくいでしょう。

ここで、少し私たち自身のことを振り返ってみたいと思います。
日本では、クリスチャンは人口の約1パーセントにすぎません。これから先、さらに少数者になっていくかもしれません。そのような中で、私たち一人ひとりは、それぞれが置かれている社会の持ち場において、イエスの教えに従いながら、この世において、何が正義なのか」「何が神の御心なのか」を見極め、知恵と覚悟をもって行動することが求められています。たとえ、非国民と言われてもです。アリマタヤのヨセフとニコデモは、その模範と言えるのではないでしょうか。

議員の中で何人がアリマタヤのヨセフとニコデモに同調していたかはわかりませんが、少数の反対した議員がいたのではないかと思われます。ユダヤ人がイエスの十字架刑に責任を持つべきとの主張が、反ユダヤ的な主張の根拠になっていますが、それは間違っています。ルカによる福音書の23章の27節をご覧ください。ここにも、女性とともに多くのユダヤ人の民衆が悲しんでいると記されています。

さて、主イエスは金曜日の朝に十字架につけられ、亡くなられたのは、午後三時ごろでした。埋葬は、急いで行う必要がありました。なぜなら、律法が「死者は、その日のうちに葬ること」を命じていたからです。それは、死者の尊厳を守るためでした。

金曜日の夕方、日が沈むと、安息日が始まります。54節にある「準備の日」とは、金曜日が、安息日に備えて必要な準備をする日であった、という意味です。安息日には労働をしてはなりません。しかも、その時は過越の祭りの期間でもあり、時間的にも、非常に切迫した状況でした。

アリマタヤのヨセフは、とっさの判断でピラトのもとへ行き、イエスを葬る許可を願い出たのでしょう。

イエスの時代のユダヤでは、地面に穴を掘って埋葬する土葬が一般的でした。
ヨセフが用意した墓は、岩に掘られた洞窟式の墓でした。
これは、主に裕福な人や、有力者の家族のための墓です。

実際、エルサレムの周辺で洞窟式の墓が多く発見されています。
イエスの家族は、当然、そのような墓を持ってはいませんでした。

イエスの十字架刑の出来事は多くの絵画に描かれてきました。
十字架にかけられる場面は「昇架」、亡くなった後、十字架から降ろされる場面は「降架」と呼ばれます。上昇の昇、下降の降に十字架の架を繋げた言葉です。

西洋絵画には、イエスの昇架や降架を描いた作品が数多くあります。
今から五十年ほど前に、日本でテレビ放映されていた『フランダースの犬』というアニメをご存じの方も多いと思います。主人公のネロが、最後にどうしても見たかった絵が、17世紀の画家ルーベンスによる、イエスの昇架、降架の絵でした。今も、ベルギーのアントワープ聖母教会で見ることができます。

レンブラントやカラヴァッジョも、イエスの降架の場面を描いています。その構図は、だいたい共通しています。

中央には、光に照らし出されたイエスの体。
梯子に上ったヨセフとニコデモが、その体を降ろそうとしています。
悲しみに沈む母マリアを支える弟子ヨハネ。
そして、イエスの足元で泣き崩れるマグダラのマリア。

55節には、婦人たちがヨセフの後について来たことが記されています。ヨセフは、自分が用意した新しい亜麻布でイエスの体を包み、墓に葬りました。婦人たちは埋葬を見届け、家に帰り、香料と香油を用意しました。

ルーベンスに代表される、ルネサンスやバロック時代の多くの絵では、イエスの体は、たくましく、ギリシャ彫刻のような均整のとれた理想的な体型、理想的な美として描かれています。
しかし、宗教改革の時代のドイツの画家、グリューネヴァルトの『イーゼンハイム祭壇画』に描かれた十字架のイエス像は、全く違います。

そこには、鞭打たれ、傷ついているイエスの苦痛が極限まで表現された、見る者が衝撃を受けるほどの悲惨さがあります。

私たちは、栄光の姿のイエスと、苦悩のイエスのどちらが本来の主イエスのお姿だと考えるのでしょうか。

わたしたちが告白する使徒信条には「十字架につけられて死にて葬られ、陰府にくだり」とあります。この「陰府」は、地獄のことではありません。
死者が行く場所、死の領域そのもの、すなわち、神なき世界、死の深みを指しています。

十字架の上で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」
と叫ばれた主イエスは、神なき陰府にまで降って行かれたのです。

それは、私たちがどのような死の闇の中にあっても、
すでにキリストが、そこにおられる、そのことを知るためです。
私たちは、「陰府にくだり」と告白することによって、
その事実を信じ、受け取っているのです。

主イエスは、埋葬され、死者の領域にまで降り、人間が経験する、
「神から見捨てられたかのような深み」にまで行かれました。
その時のイエスの体は、グリューネヴァルトが描いたように、傷つき、苦悩に満ちた姿であったと思います。

私たちが落ち込み、
誰にも分かってもらえないと感じるとき、
怖くて、泣きたくなるとき、
そのような時にも、イエスさまは、すでにそこに来てくださっています。
だから、どんな場所にも、イエスさまがおられない場所はないのです。

最後に、バッハの《マタイ受難曲》にふれたいと思います。
この受難曲は、イエスの埋葬の場面で終わっています。
それは、この曲が「復活」ではなく、あくまでも「受難」を描いた作品だからです。

《マタイ受難曲》の終わりは、神が完全に沈黙されたかのように見える場面です。静かな希望を胸に、別れを告げるように、最後のコラールが二群の合唱によって歌われ、曲は閉じられます。このような歌詞です。

われら涙とともに座し、
主よ、あなたに呼びかけます。
どうか、安らかにお休みください。

悩みと罪の重荷に沈むわたしたちの心にも、
安らぎが訪れますように。

主よ、あなたの受難と死によって、わたしたちに平和を与えてください。
あなたの墓のそばで、わたしたちは静かに休みます。

私たちも、人生の中で、「復活がまだ見えない土曜日」にいることがあります。
私たちもまた、イエスの墓の前に立ち尽くすことがあります。

それでも私たちは、埋葬の静けさの中で、神の沈黙の中でさえ、神の約束を信じることが許されています。なぜなら、主イエスご自身が、陰府にまで降り、神の沈黙の中に、身を置いてくださったからです。

私たちは知っています。「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。」

私たちは、神が沈黙されている時にあっても、静かな信頼をもって、この一年を終えることができました。

そして、まだ見えない明日を、主に委ねて、新しい年へと歩み出していきましょう。

父と子と聖霊の御名によって