聖日礼拝
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」
説  教 澤 正幸 牧師
旧約聖書 詩編115編17〜18節
新約聖書 ルカによる福音書 20章 38節

わたしたちは年に一度、こうして永眠者記念礼拝を守り、ここ福岡城南教会で礼拝生活を守り、今は天に召された兄弟姉妹を覚える時をもってきました。今日も、そのご家族の方達が集まって、故人を記念しようとしています。また、遠くにあって、ここに来ることができませんでしたが、今日の礼拝を覚えておられる方達が多くあることを思います。

この礼拝に出席している方々は、それぞれに天に召された家族をもっておられます。その方達はわたしたちの教会の教会員ではありませんでしたが、同じ信仰に連なる大切な家族であり、また、必ずしも信仰をもっていなかった家族もたくさんおられることでしょう。わたしたちは、それらの方々をもこの礼拝で覚えたいと思います。

さらには、今、パレスチナのガザや、ウクライナで死んでいっている多くの子どもたちや、年老いた人々、兵士たちの死をもこの礼拝では覚えたいと思っています。

わたしたちのこの永眠死者記念礼拝は神さまのもとに召されたすべての死者を覚える礼拝です。

それと同時に、この永眠者記念礼拝では、私たちにも、いつか必ず訪れる、わたしたち自身の死を覚える時でありたいと思います。そして、自らの死を覚えるということは、今、生かされている自分の命のこと、また、今、生きているすべての命について考え、わたしたちがその命をどのように守り、生かし、助けるかを考えることでもあります。

死はさまざまな形で訪れます。その中で一番、不条理な死をもたらすのが戦争です。そのような戦争の反対は平和です。今日の永眠者記念礼拝において、わたしたちは、死ではなく命を、戦争ではなく平和のことを考え、この礼拝を、平和を祈り、願う時としたいと願います。

先月、わたしも一人の兄を亡くしました。80歳でした。この80という数字は、日本が敗戦から来年で80年を迎える、その数字と重なっています。兄の葬儀を通して、わたしは彼が直接戦争から被害を蒙った最後の世代だと思いました。

兄は1944年に中国の大連で生まれました。当時、父は大連一中の英語教師をしておりましたが、1945年5月、敗戦のわずか3ヶ月前に召集され、敗戦とともにソ連軍の捕虜となり、抑留されてしまいました。母は、まだ幼かった兄たち4人の子を連れて、父の郷里である大分県杵築市に引き揚げました。その時、兄は、杵築駅から家までの1時間ほどの道のりを歩くことができず、親戚の背におんぶされたと聞いています。幸い、父は1947年に復員を許され、家族6人が再び、ひとつ屋根の下で過ごすことができるようになりました。しかし、その幸福は長く続きませんでした。その翌年、兄の下に弟が生まれましたが、母親は、その子の命と自分の命を引き換えにするようにして、この世を去りました。37歳の若さでした。そのとき兄はわずか5歳でした。

母が5人の子を後に残して死んでいったとき、どの子をも不憫に思ったことでしょうし、生まれたばかりの乳飲み子である一番下の子をあわれに思ったかもしれません。でも、母を失う悲しみを知ることがなかった乳飲み子に比べて、一番幼かった兄が味わった寂しさ、悲しみは、それを言葉にし得ないほど幼かった分、それだけ深層心理の奥底に沈殿していったのではないかと、今にして思いました。最晩年の兄は重い鬱病に苦しみました。でも、その最後の死が驚くほどの平安に満たされていたかげに、わたしは、若くして兄たちを残して死んでいった母の祈りがあったと思いました。母喜久子は祈りの人でした。

その母の祈りについて、父が書き残した手記があります。そこにはこう記されています。

「昭和23年(1948年)夏には、もう一人の男の子が生まれ、一同で喜んだ。しかし、地上の幸福は長続きしない。昭和24年(1949年)1月頃から、妻は急速にやせ始めて、顔色がさえなかった。お医者さんに診ていただいても、胃下垂でしょうということであった。そのうちに、ご飯が喉に詰まって食べられないというので、別のお医者さんに診ていただき、バリュームを飲んでレントゲン検査を受けた結果、本人には内緒だがわたしには噴門ガンと知らされた。奈落の底に突き落とされたとは、この事であろう。家族が再会し、希望を持って再出発しようとする矢先に、なんということであろう。

早速国立別府亀川病院に入院して、開腹手術をしようとしたが、手の施しようがなかった。ガンは、本人にも、家族にも残酷極まりない病気である。日に日に骨と皮に痩せ細ってゆくばかりか、耐え難い激痛に苛まれる刻々なのである。痛み止めの注射もだんだん効かなくなる枕頭に十字架を置き、これを眺めて主イエスの御苦しみを思い、必死に苦痛と闘っている姿を見て涙なきを得なかった。

9月9日いよいよ最後の時が迫って来た時、わたしを呼んで言った。『子供たちをお願いします。お先に行って御免なさい。でも私は感謝なのです。結婚してから神様にずっと毎日お願いしていたのです。私の人生の先を削って、弱い主人にお与え下さいと。』

私は毎日彼女と一緒に生活しながら、彼女がそんな深刻なお祈りを日々捧げていたことに、少しも気付かなかったとは、なんと愚かであったことか。神様はそんなむごい事をお許しになるものかどうか知らない。ただ私は今一つだけのことを知っている。彼女の告白は真実であったと。

享年37歳。医者の話では、恐らく大連での生活で、できる限りのものを子供たちに食べさせ、自分は人間の食べるようなものでない酷いものを食べて、胃を荒らしてしまったのが原因でしょうとの事であった。」

母喜久子の死が戦争によってもたらされたこと、たった5歳で母を失う不幸を兄にもたらしたのも戦争であり、兄が戦争被害者の最後の世代の一人だったと、この度、兄が死んで改めて、わたしがそう思ったのは、以上のような理由からです。

私の父の信仰はとても素朴な信仰でした。父は神学論議をしない人でした。その父がわたしに、「死者の祈りなどないという人もいるけれど、わたしは天に召された人が祈ってくれている祈りというものが確かにあると思う。」と何度となく申しました。父は、召された妻が生前、父のために祈っていただけでなく、死んでからも自分のために祈ってくれていると思っていたのでした。

死者は祈らない。詩編の115編17節の御言葉は「主を賛美するのは死者ではない。沈黙の国へ去った人々ではない」と言っています。主を賛美するのは、今、ここで生きているものたちであり、わたしたちこそ主をたたえようと言っています。

そのことで思いあわせたいのが、会報の裏に紹介した「もし、わたしが死ななければならないのなら」というパレスチナでイスラエルの攻撃によって命を奪われた、詩人の残した詩です。

「たとえ、わたしが死んでも、あなたは生きなければならない。生きて、わたしのことを伝えるために。わたしの持ち物を売って、一切れの白い布と長い紐を買ってほしい。それで、凧を、わたしの凧をつくって欲しい。ガザのどこかで、小さな子が空を見上げて、父のこと、だれにもサヨナラを言わずに、家族にも、自分自身にさえ別れを告げることもなく、炎の中に世を去っていった父のことを思いながら、天使がほんのひととき、愛を運んできてくれたと思えるようにして欲しい。わたしが死ななければならなかったとしても、どうか、希望を語り続けてほしい」

この詩人は、自分が死ななければならないのなら、あなたは生きて、わたしのことを、わたしの希望を語り伝えてほしいと願っています。確かに、死んでいった人は語ることはできないでしょう。しかし、生きているものたちが、死んでいった人に代わって、その人の言葉を語り、願いを伝え、祈りを祈るなら、死者は果たして祈らないと言えるでしょうか。

わたしたちも、自分が死ななければならないなら、このことを語ってほしいという願いがあるとすれば、残された人々を通して、それが語られるとき、わたしたちは死んでもなお語ることになるでしょう。ヘブライ人への手紙の11章4節に「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。」という御言葉があります。

わたしたちにとって、自分が死んでも、これだけは祈ってほしいという、後世に託する祈りは何でしょうか。

今日は永眠者記念礼拝です。皆さんに、この世を去った、愛する方達が、たとえ自分が死ななければならなかったとしても、これだけは語り続けてほしいと言われたことはなんだったのか、もう一度思い起こしていただきたいと思います。その方たちが、自分たちが死んでも祈り続けてほしいと願われた祈りを、今こそ、生きているわたしたちが祈ろうではありませんか。

わたしたちには、主イエスが、祈る時にはこう祈りなさいと言われて、残してくださった祈りがあります。この祈りはわたしたちの愛する家族が祈っていた祈りであり、今も天において、主イエスが祈られる祈りに合わせて、愛するものたちが祈っている祈りだと思います。

「天におられるわたしたちの父よ,み名が聖とされますように。み国が来ますように。み心が天に行われるとおり地にも行われますように。わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。国と力と栄光は、永遠(とこしえ)にあなたのものです。アーメン」

愛する家族は天にあって、今、生かされているわたしたちは地上にあって、共に祈りを合わせたいと思います。

「主を賛美するのは死者ではない」そうです。わたしたちの愛する人々は、かつて、地上に生きていた時、神さまを賛美していただけでなく、天に召された今も、神さまを賛美しているゆえに、死んだものではなく、生きているのです。

「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は神によって生きているからである。」

生きる時も、死ぬ時も、わたしたちはわたしたちのものではなく、わたしたちのために死んで復活された、わたしたちの主イエス・キリストのものです。それゆえに、わたしたちは生きている時も、死ぬ時も主を賛美することができます。主を賛美する者は神によって永遠に生きるものとしていただくのです。

父と子と聖霊の御名によって。