聖日礼拝「山を動かす信仰」
説  教    崔 炳一 牧師
旧約聖書  申命記 32章 3~6節
新約聖書 マタイによる福音書 17章 14~20節

主イエスは変貌の山から下りるとき、弟子たちに対して、ご自身が復活するまでは山で見聞きしたことを誰にも言わないようにと注意されました。主イエスがこれを秘密にするよう命じられたのは、変貌の出来事が「十字架と復活」を経て初めて正しく理解されるものだからです。それ以前に広めてしまうと、人々が主イエスのメシアとしての使命を誤解する恐れがありました。しかし復活の後、この出来事は主イエスが神の子であり、栄光の主であることを示す重要な証しとして、弟子たちによって大胆に語られるようになります。この沈黙の期間は、弟子たちの信仰を成熟させるためのプロセスでもあったと考えられます。ときには、信仰の成熟のため、神の前で沈黙するときが必要です。

主イエスが山から下りて最初になさったのは、悪霊に取りつかれた子どもを癒すことでした。そのとき弟子たちは、「なぜ自分たちは悪霊を追い出せなかったのか」と主に問います。すると主イエスは、20節のことばをもってお答えになりました。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない」。「からし種一粒ほどの信仰があれば」というお言葉の通り、主はここで弟子たちの不信仰を正しておられます。当時の弟子たちには、そのわずかな「からし種一粒ほどの信仰」さえなかったのです。

実は、本日、共に読まれた旧約聖書・申命記32章には、主イエスのこの嘆きと深く響き合う言葉があります。そこでは、神に背を向けるイスラエルの民に対して、「不正を好む曲がった世代は、しかし神を離れ、そのゆえに、もはや神の子らではない」(申命記32:5)という激しい嘆きが歌われています。主イエスがここで弟子たち、そして当時の人々に向かって覚えられた痛みは、かつてモーセの時代から神の民が繰り返してきた、あの頑なな不信仰の姿そのものだったのです。キリストから「信仰を回復しなさい」と不信仰を問われたことは、厳しい審判のようですが、実は恵みに満ちた、愛に溢れるお言葉でした。私たちはこの箇所から信仰の成熟を問われているのであり、だからこそ、これらは今日私たちが聴くべき「福音(喜ばしい知らせ)」なのです。

14節に目を留めましょう。山を下りられた主イエスが、弟子たちと共に向かわれたのは、「群衆のところ」でした。マタイによる福音書4章23節以降にあるように、そこにいたのは、病気や苦しみを抱え、日々の食べ物にも困っているような貧しい人々でした。主の憐れみだけを頼りとして生きていた人々、それが群衆です。今日、私たちも日ごとの糧のため主に祈り、時に病や苦しみに直面します。この群衆の姿は、決して遠い昔の誰かのことではなく、今の私たち自身の姿そのものです。「群衆のところ」は、変貌の山とはまったく異なる苦しみの場所です。変貌の山が「天の国の喜び」の場所であるなら、「群衆のところ」は「地の苦しみ」の場所です。変貌の山を「希望の場所」と呼ぶならば、「群衆のところ」は「絶望と戦う場所」と言えるでしょう。

メシアである主イエスはこの場所を大切されたのです。この場所は常にキリストが憐れんだ場所でした。そこで主イエスは「子どもがてんかんでひどく苦しむ父親」に出会います。ルカによる福音書9章38節によれば、この子は一人息子でした。15節に「度々火の中や水の中に倒れる」とあるように、少年は、しばしば生が脅かされる発作と事故に遭遇してきたのです。これはこの子の意思によるものではなく、悪霊の意思です(18節)。パウロはてんかんを「サタンの使い」と言いました。コリントの信徒への手紙二12章7節です。「また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです」。パウロの生涯においても、この病が彼を精神的にも、肉体的にも激しく苦しめていたことが分かります。

父親はまず、子どもの癒しを求めて弟子たちのところに連れて行きました。しかし、弟子たちは治すことができませんでした。父親にとってはさらなる絶望の瞬間でしたが、それが同時に、主イエスに直接憐れみを求める「希望」へとつながる契機となったのです。「主よ、憐れんでください」。これは私たちが毎週の礼拝において共に歌う「キリエ・エ・レイソン(主よ、憐れみたまえ)」の祈りそのものです。聖書において、神の憐れみは、人間の心身の欠けや癒しを神が満たしてくださることとしばしば結びついています。例えば、マタイによる福音書9章の盲人の癒しやあらゆる病気の癒し、また14章において、食べ物に困っている群衆を覚えるキリストの深い憐れみがそうです。神が憐れんでくださるとき、人間は生きる希望を取り戻します。「罪を赦してください」、「悪・悪者からお救いください」という私たちの祈りは、すべて「神よ、どうか私を憐れんでください」という祈りに集約されます。この父親のように、罪人である人間が主イエスの前に立たされるとき、口にできる唯一の言葉は「神よ、憐れみたまえ」のほかにないのではないでしょうか。

17節で、主イエスは父親に「その子をここに、わたしのところに連れて来なさい」と言われます。肉体的な癒しを求めることは、神から許されている恵みです。それを「ご利益的な信仰だ」と冷ややかに退けてしまうのは、頭の中だけで神を捉える観念主義的な信仰と言わざるを得ません。なぜなら主イエスは、あらゆる病気を癒すことを福音宣教の重要な一環とされたからです。ただし、ここで私たちが警戒しなければならないのは、「癒されること」だけを信仰の目的としてしまうことです。もし、そこに神への感謝がなく、キリストに従う生き方へとつながらないなら、それは単なる自己の幸福追求に過ぎません。そのような信仰は「十字架なき福音」です。この「ご利益主義」と「観念主義」は、どちらも福音を正しく理解していない姿であると言えます。

キリストが言われた「その子をここに、わたしのところに連れて来なさい」という言葉は、まず、子どもを癒せなかった弟子たちへの命令でした。「からし種一粒ほどの信仰」もなかった弟子たちが悪霊を追い出せなかったのは、ある意味で当然のことです。しかし問題は、弟子たちがこの子を「主イエスのところへ連れて行こうとしなかった」点にあります。不信仰は、私たちに本来の使命を忘却させます。弟子たちの使命とは何だったのでしょうか。それは、自分たちのもとに連れてこられた人々を、主イエスのもとへと送り届けることです。それこそが「からし種一粒ほどの信仰」の働きです。不信仰に陥ると、人間は「自分たちの力ですべて解決できる」と思い込んでしまいます。そのとき、人間の心と思考から主イエス・キリストの存在は消え去ってしまい、結果として傲慢という罪を犯すのです。罪があるところには、真の信仰は存在しません。

同時にこの「その子をここに、わたしのところに連れて来なさい」という言葉は、悪霊に対する絶対的な命令でもありました。悪霊は、人間の精神、心、そして身体までも支配し、その自由を奪っていました。人間性は破壊され、普通の生活は乱されていました。それは本人だけでなく、家族や周囲の人々にも深い苦痛を与えていたのです。マルコによる福音書5章の「ゲラサ地方の悪霊に取りつかれた男」の物語を読むと、彼の人生が完全に破壊されていたことが分かります。石で自分の体を打ち叩き、人と共に生きることができず、神の似姿としての尊厳は失われていました。てんかんを患っていたこの少年に対しても、悪霊は同じようにその尊厳を奪っていたのです。

主イエスは悪霊に向かって、力強く宣言されました。「この子は私の大切な子だ。愛する子だ。この人生の主人は私である。あなた、つまり悪霊からは、人生を愛することも人を愛することも生まれない。ただ人生を無駄にさせるだけだ」。「その子をわたしのところに連れて来なさい」というお言葉は、「この子は私が愛する子だ」という厳かな主権の宣言なのです。父なる神は、変貌の山において、また主イエスが洗礼を受けられた際、天からの声を通して「これは私の愛する子。これに聞け」と宣言されました。すべての被造物は主イエス・キリストに聴き、従うのみです。それは悪霊であっても例外ではありません。父なる神の愛が、主イエス・キリストによってこの少年に注がれるとき、それを妨害できる力はこの世に存在しないのです。

主イエスが言われる「その子をここに、わたしのところに連れて来なさい」という招きは、少年と父親にとって、まさに「喜びの知らせ・福音」でした。そして、実際に癒されたこともまた福音です。癒しとは、本来神から与えられていた尊い姿を取り戻すことです。これこそが神の恵みです。主イエスの癒しによって、人間は神の恵みの秩序の中に再び招き入れられます。福音が宣べ伝えられ、神があらゆる人間の病や苦しみから人々を解放されるとき、そこには「神の似姿」が回復されます。それは、互いに愛し合い、互いの顔のうちに神の姿を見出し、共に生き、仕え合う姿です。その交わりのうちに、まことの愛である神が聖霊によって現存されることを、私たちは互いに告白し合うのではないでしょうか。そしてそこでは必ず、失われていた信仰が豊かに回復させられるのです。

信仰の回復を必要としていたのは、てんかんの少年だけでなく、弟子たち自身も同様でした。弟子たちは「なぜ自分たちには悪霊が追い出せなかったのか」と主に尋ねました。主イエスは「信仰が薄いからだ。からし種一粒ほどの信仰があれば、あなたがたにできないことは何もない」(20節)と言われました。当時、弟子たちの信仰は底をついていました。ここでキリストが言われる「からし種一粒ほどの信仰の回復」とは、「自分にはできる」という自己過信や思い込みを捨てることです。

信仰とは、単なるポジティブ思考や人間の決意ではありません。「自分ができる」ではなく、「主が私を通してなしてくださる」という拠り頼みの姿勢へと導かれることです。つまり、「自分のためにキリストを利用する」生き方から、「キリストの御心のために自分が生かされている」という生き方への、180度の方向転換(回心)です。主イエスが教えられた祈り(主の祈り)にあるように、何よりも「御心が行われますように」と願い、その中で生きることにこそ、本当の自由と生かされている喜びがあります。私たちが主の祈りを唱えながらも、神の御心が自分を通して行われることを心から願っていないならば、それは真の信仰とは言い難いでしょう。

私たちの信仰の歩みにおいて、誰もが直面する現実があります。それは、自分ではどうにもできない過酷な試練や、心身をがんじがらめにする現実の苦しみです。あまりにも自由を奪われ、苦しみが深いとき、私たちは神に祈ることさえできなくなってしまいます。天を仰ぐ気力すら失い、神への想いもかすんでしまう。それこそが、あの少年と父親が抱えていた、重く冷たい「現実の山」だったのです。主イエスは弟子たちに「山に向かって、『ここからあそこに移れ』と言いなさい」と言われました。この「山」とは、私たちが信仰によって生きる喜びや心の平安を根こそぎ奪い去ろうとする、人生のあらゆる苦難、障壁、そして目の前の大きな悩みのことです。

さらに言えば、この「山」は、私たちの内側にある「制度化・マンネリ化された信仰」のことでもあります。「今までこうしてきたから」。「うちの教会にはこういう伝統があるから」という、人間が作った強固なシステムに安住してしまう姿勢。あるいは、「祈りさえしていればいいのだ」という内向きの信仰。「自分の思想や考えこそが神の御心だ」という思い込み。さらには、「どうせ私たちには無理だ」という諦めの心です。つまり、神の奇跡や可能性を冷ややかな目で見る「頑なな心」です。

こうした私たちの内側にある「冷笑主義」、また「ニヒリズム」は、常に自ら限界の壁を作り出すよう私たちを惑わせます。これらの山は非常に頑固ですが、「からし種一粒ほどの信仰」さえあれば、立ち向かい、乗り越えることができます。なぜなら、その小さな信仰こそが、すべての問題を主イエス・キリストの前に「持ち込む」ようにと、私たちを突き動かすからです。

主イエスに「どうして私たちはできなかったのですか」と問うた弟子たちの中には、後に教会を支えるペトロやヨハネもいました。そんな彼らも、聖霊の降臨(ペンテコステ)を経験してからは完全に変えられました。彼らは他国の言葉で大胆に主の福音を宣べ伝え、ユダヤ人たちの前で「十字架につけられたイエスこそがメシアである。主イエス・キリストに立ち帰りなさい」と語りました。さらに、生まれながら足の不自由な人に出会ったとき、ペトロとヨハネは「金や銀は私にはない。しかし、ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がりなさい」と言って、その人を癒したのです。

彼らは聖霊によって、まさに「からし種一粒ほどの信仰」を回復させられました。それは彼らが人間的に進歩したというよりも、神の憐れみによって「本来あるべき姿」を取り戻したのです。私たちの教会もまた、聖霊によってこの「からし種一粒ほどの信仰」を回復し、神の無限の可能性に対して常にオープンであり続け、新しく生まれ変わることを切に願いたいと思います。目の前の大きな山は、人間の力ではなく、からし種一粒の信仰によって動かされます。死をもって死に打ち勝った復活の主イエスは、私たちが空しく建ててしまう山を、すべて打ち壊されます。この信仰に導かれ、新しく始まる今週の歩みを力強く全うしていきましょう。