待降節第四聖日礼拝 「ゼカリアの預言」 説教 澤 正幸牧師
旧約聖書 詩編 19章1~5a節
新約聖書 ルカによる福音書 1章56~80節  

 

1章57、58節 礼拝堂の入り口の4本のロウソクに火が灯りました。待降節の週を追うごとに、1本づつ灯されて行くアドヴェントのロウソクは、救い主の到来を待ち続けたイスラエルの信仰の歴史を象徴しています。そのロウソクが4本とも灯って、とき満ちて、救い主の到来を迎える最後に、神の民イスラエルの待望の歴史を象徴する人物として、バプテスマのヨハネが登場しました。救い主イエス・キリストの誕生は、このヨハネの誕生のわずか半年後のことでした。

主イエスはバプテスマのヨハネのことを、「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。」(マタイ11:11)と言われました。彼は、それほどに偉大でした。また主イエスは、ヨハネのことをこうも言われました。「ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとしていた。」(ヨハネ5:35)

主イエスはヨハネのことを「燃えて輝くあかり」だったと言われたのです。ヨハネは、ランプやローソクが、暗い部屋の中を明るく照らし、人々に楽しみと喜びをもたらすように、暗い時代の闇の中に生きる多くの人に、束の間の喜びと楽しみをもたらしたのでした。ただ、ランプの火が、油が尽きればやがて消えてゆき、ローソクの光も、ローソクが光を放ち続けるに及んで、次第に短くなって、ついに消えてゆくように、ヨハネのもたらしたあかりも、しばしの間、輝いたのちに消えて行きました。光が消えた後に、闇が残るように、ヨハネの死は、後に一層濃い闇を残すことになったのでした。

ヨハネが偉大であり、その輝きが強烈であった分、そのともし火が消えたとき、戻ってきた闇は以前にも増して深かったと言わざるを得なかったでしょう。バプテスマのヨハネがいかに凄惨な最期を遂げたか、聖書は余すところなく伝えています。

ヨハネの誕生物語のモチーフは沈黙と賛美であると言えるでしょう。父ゼカリヤは神殿で天使ガブリエルに出会いました。そのとき、ゼカリアはガブリエルを通して聞いた神からのおとずれを、信じることができませんでした。するとガブリエルは彼に言います。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、このことが起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」(1:19〜20)
口がきけなくなってからの数ヶ月、ゼカリアの目の前で何が起こったでしょうか。妻エリサベトは身ごもりました。5ヶ月間、世間から身を隠し引きこもっていた彼女は、お腹が目立つようになると、人々の前に姿を現すようになりました。そして、6ヶ月目にはエリサベトのもとをガリラヤのナザレから親族のマリアが訪ねてきました。そしてマリアはゼカリアたちのところに3ヶ月滞在したということは、ヨハネの誕生を見届けるまで、そこにとどまったということです。口がきけないため、一言も発することができなかったゼカリアは、これらのことを一部始終目撃したのでした。

その間、ゼカリアの心中はどうだったでしょうか。最初、信じられなかった神の言葉が、ガブリエルを通して語られた通りに実現してゆくのを、驚きをもって見つめていたのではないでしょうか。

1章59〜63節 生まれて8日目の割礼の日に、嬰児に名前をつけようとしたとき、エリサベトは親族の人々の提案を退けて、その子の名前はヨハネでなければならないと言いました。この名前は神殿でガブリエルからゼカリアが聞いた名前でした。それはゼカリアしか知らないはずでした。エリサベトは、どうしてその名前を知っていたのでしょうか。それは、ゼカリアがエリサベトに、何度も、何度も、繰り返し、筆談で、それを伝えていたからだろうと想像します。

1章64〜66節 ついにゼカリアの沈黙が破られる時が訪れました。彼の口が開かれたとき、心から湧き上がる神への賛美が、堰を切ってあふれ出ました。長い沈黙の後、彼の口から湧き上がるようにして歌われた賛美の言葉は、沈黙の間中、ずっと彼の心の中で響いていた言葉であったと言えないでしょうか。
詩編19編3〜5節に記されていた言葉、「話すことも、語ることもなく、声は聞こえなくても、その響きは全地に、その言葉は世界の果てに向かう」という言葉は、このときゼカリアの身に起こっていたことに重なるように思います。

人の誕生のときの出来事が、その人のその後の人生の予兆となることがあります。ヨハネの誕生に際して、父ゼカリアが沈黙し、その沈黙が最後に破られて、賛美となったことは、人間の中で最大の人物と称されたバプテスマの人生に光を投じていると思います。ヨハネの光と陰、預言者としての光り輝く働きと、ヘロデに斬首されて、死んでいった最期、その明暗は対照的でした。人々がつかの間のあかりを喜び楽しもうとしたのに、その光が消えて、さらに深い闇が訪れてしまったのでした。その闇は、沈黙と繋がり、重なり合います。
しかし、この沈黙は単なる沈黙ではなくて、ゼカリアが、その沈黙のときが、「話すことも、語ることもなく、聞こえない」のに、なお全地に響き渡る神の言葉を聞くときとなったこと、そして、ついにはそれが賛美となって歌われるときにつながったことを思うのです。

ところで、このヨハネの誕生物語を最初に証言したのはだれだったのでしょうか。ルカはヨハネの誕生についての一連の物語を誰から聞いたのでしょうか。今日、1章56節から聖書朗読を始めていただいたのは、この節はマリアがヨハネの誕生の場に居合わせたことを示していると思ったからなのです。マリアはこの物語の証言者の一人だったと思います。

しかし、マリアが自分の見聞きしてきたことを証言するに至るまでには、実に長い沈黙の期間があったように思います。ゼカリアが沈黙を守った期間はエリサベツの妊娠からヨハネの誕生に至る9ヶ月でした。それに対して、マリアが沈黙した期間はどれ程だったのでしょうか。ルカはマリアが終始、沈黙を守っていたことを記しています。2章19節、2章51節に、マリアが見聞きしたことを、すべて心のうちに納めて、思いめぐらしていたと書かれています。そのようなマリアの沈黙はいつまで続いたのでしょうか。沈黙していたマリアの口が開いて、マリアがゼカリアのように、その心のうちに響き続けていた神の言葉を語り始めたのは、いつのことだったのでしょうか。
それは、主イエスが復活された時であるに違いありません。主イエスが十字架につけられて死なれたとき、人々はヨハネが死んだときよりも、もっと大きな失望を覚えたようでした。エマオに向かう弟子がこう言っています。「ナザレのイエスは、神と民全体の前で、行にも言葉にも力ある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。私たちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。」(24:19以下)世界はヨハネの死後に訪れた闇よりも、さらに大きな闇で閉ざされてしまいました。
しかし、三日の後に全世界を支配する闇の支配は終わりを告げ、闇を世界から追い払う「曙の光」、「明けの明星」として主イエスが復活されたのでした。マリアは、主イエスの復活の光の下で、それまでの沈黙を破って、心に納めていたすべてのことを語り始めたのだと思います。バプテスマのヨハネの誕生におけるゼカリアの沈黙と賛美のこと、ヨハネの生涯を通して見た光と闇が、後に続いた主イエスの生涯、その十字架の死と復活を指し示していたことを証言したのだと思います。そして、マリア自身の身に起こったこと、主イエスの受胎が聖霊によったという、エリサベトやヨセフ以外、だれも信じようとはしなかったことをマリアは証言したのだと思います。そして、マリアが「神にはできないことは何一つない」と告げる天使のみ言葉を信じ、「私は主のはしためです、御言葉通りこの身になりますように」と言って信じたことは正しかったことを、ゼカリアが神を賛美したように、マリアも神を賛美しつつ語ったのだと思います。

主イエスを死者の中から復活させられる神にはできないことは何一つないのです。わたしたちも、この待降節に、主イエス・キリストの父なる神にはできないことは何一つないこと、その神が、独り子をおあたえくださるほどに、わたしたちを愛してくださり、わたしたちに憐れみと、赦しと、命の恵みを与え、わたしたちの身と魂、その生と死を通して、ご自身の栄光を現してくださることを信じましょう。そして、マリアとともにわたしたちも主に申しましょう。「わたしたちは主のしもべ、はしためです。お言葉通り、この身に成りますように」と。

父と子と聖霊の御名によって。