ペンテコステ礼拝 『故郷の言葉で神の業が語られた』 説教 澤 正幸牧師
旧約聖書 創世記11章1~9節
新約聖書 使徒言行録2章5~11節


物事には始まりがあります。ウクライナの戦争もそうです。2月24日という日に突然始まり、今日で百日が経ちます。始まってすでに2年半になる世界中を覆う新型コロナウイルスの流行も、2019年の年末のあるときに、中国の武漢という場所で始まりました。

今日は世界中の教会で、ペンテコステの礼拝が守られています。それは、教会の出発、誕生を祝い、覚える日です。教会もまた、あるとき、ある場所で始まったのです。

私たちは自分の誕生日を迎えるたびに、自分自身の生まれた日から今日までの歩み、人生を考えます。そして、長く生きてきた人は、あと何年生きられるのか漠然とした不安を抱くこともあるでしょう。
今日のペンテコステという、教会の誕生日にあたって、ちょうど、自分の人生の行く先に不安を覚える人があるように、教会の行く末に明るい希望を持てない人があるかもしれません。

しかし、今日、もう一度聖書を通して、教会の誕生がどのような出来事であったかを知るなら、そのとき、わたしたちは、教会について明るい希望を見いだすに違いないと思います。今日改めて、教会がいつ、どこで、どのような形で生まれたかを聖書を通して聞きましょう。そのとき、神様はわたしたちに、聖書によって、教会が、今日、今、ここでどのような命を受けており、生かされており、これからも生きて行けるかを示してくださるでしょう。

教会が生まれた日は、五旬祭の日でした。五旬祭というのは、ユダヤの暦で過越の祭から50日目の小麦の収穫を祝う祭りの日のことです。しかし、ここで聖書が言っている50日目というのは、主イエスが復活なさった復活節の日曜日から50日が経った日という意味です。

教会が生まれた場所、それはエルサレムでした。エルサレムの町の中で、一同、すなわち使徒たちをはじめ、120人ほどの人たち、これらの人たちはあとで「ガリラヤの人」と呼ばれていますが、その人たちが一つの家に集まっていた、その家で、ある出来事が起きました。

そこに集まった人々は、その耳で大きな物音を聞きました。その目で、不思議な光景を見ました。そして、自分の口で聴く人々が理解できない、ひょっとしたら自分自身も理解できない言葉で語り出しました。

そのとき、そこで、一体何が起こったのでしょうか。2節。風が吹く。風は人間が吹かせようとしても、吹きません。このとき家じゅうに響き渡った大きな物音は人間がたてた音ではなく、天から聞こえた音でした。これらは人間が計画して起こした出来事ではなかったということです。4節。聖霊に満たされたというのは、ここに書かれているようなことを指します。弟子たちは主イエスが彼らを離れて天に昇られる前に、父なる神様から約束されている聖霊を受けるだろうとあらかじめ告げられていました。でも、このとき、聖霊が注がれるまで、聖霊を受けるということがどういうことか知りませんでした。聖霊が注がれて、初めて、聖霊がどのようなお方かを知ったのです。

聖霊が注がれて、このとき、ここで教会が誕生しました。聖霊が注がれたということは、神さまが働いておられたということです。
エルサレムで最初の教会が誕生したとき、聖霊を通して神様が働かれただけでなく、わたしたちが集まっているこの福岡城南教会が誕生したのもそうです。それは今から91年前のことです。またわたしたちが現在所属している日本キリスト教会が1951年に創立され、今、わたしたちはその教会の70周年を覚えようとしていますが、それが誕生したのも神さまが働かれたことによります。また日本に最初のプロテスタント教会が横浜に生まれてから今年は150年目になりますが、そのときも聖霊を通して神様が働いておられました。

神さまの働きによって生まれた教会は、生まれる時だけ神さまの働きにより、生まれてからは、自分の力で生きるのだと思う人が時々います。そして、自分の力の限界を感じて、教会の未来はもうないとさえ思うようです。でも、果たして教会というのはそういうものでしょうか。教会は、誕生のときも、成長期も、あるいは衰退してゆくように思われるときでも、いついかなるときも、全てを神さまの働きによっています。
教会は人間の計画によって立ってゆくものではありません。
今、わたしたちの教会は次の牧師を求めています。そのことで申し上げたいことがあります。わたしは30年前に静岡からこの教会に招かれて参りました。30年前に、わたしがここに参りましたとき、この教会の方たちのほとんどは、わたしの顔を見たこともない、わたしのことをほとんど何もご存知ないに等しい、そういう方が大多数でした。わたしに会ったことのある方、わたしのことを知っておいでになる方は片手の指で数えるほどでした。それはわたしの方でも同じでした。わたしはこの教会の方達のことはほとんど何も知らなかったのです。ですから、一体、誰がわたしをここに呼んだと言えたでしょうか。わたしも自分の考えや、願いや、希望を抱いてここに来たということはなかったのです。それは神さまのみわざであるというほかありません。
わたしたちは、次の牧師を求めています。けれども、わたしたちが次の牧師を求めるのは、神さまがわたしたちの教会のために選び、お考えになり、お与えくださる器が備えられていると信じるからです。その人をどうぞ送ってくださいと祈るからです。

教会が生まれるのは、また神さまによって生まれさせていただいた教会が生かされ、生き続けるのも、神さまが働かれるからです。聖霊がわたしたちの間に満ちるからです。このとき聖霊に満たされた弟子たち、教会の人々が「他の国々の言葉で話し出した」というのは、どういうことでしょうか。それを聞いた人々は、驚いてこう言いました。7〜11節。

場所が移動している感じを受けます。先ほどまでは120人ほどの人たちが一つの家に集まっていたのですが、今は、その家の周りに大勢、エルサレムに住んでいる人々が集まって、やがてペトロがそこに集まった人々に説教しますが、その説教が終わったとき、2章41節を読みますと、聴衆は3千人ほどもいたということですから、このとき、人々は多くの人が集まることのできる、屋外のエルサレム神殿の広場かどこかに集まっていたように読めます。

一方に聖霊に満たされて様々な国々の言葉で語る使徒たちがおり、他方にそれに耳をかたむける人々がいました。5節。天下のあらゆる国とは、9節に書かれている国々のことでしょう。そして、それらの人々は、それぞれ自分の出身地の故郷の言葉を知っていたのでした。
そこに集まった人々は、使徒たちが自分たちの生まれ故郷の言葉で話すのを聞いて驚くのです。

石川啄木の有名な歌を思い出します。「ふるさとの なまりなつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」
誰にも生まれ故郷があります。そこで育った思い出があります。それはふるさとの言葉、なまりと密接に結びついています。

故あって、故郷を離れざるを得なかった人にとって、それは限りなく懐かしく、大切なものです。まして、それが無理やり奪われた人々、アイヌの人々、うちなんチューと呼ばれる沖縄の人々、植民地支配を受けた朝鮮半島の人々、インディアンをキリスト教文明に同化させるためと称して寄宿学校に入れられ、言葉も文化も、アイデンティティも奪われ、多数のむごたらしい病死者を生んだアメリカ原住民の人々も、それらの人々にとって、生まれ故郷の言葉が語られるのを聴くことは、かけがえのないものを守り、回復することであり、その人の魂、命に関わることです。

ペンテコステの日に起こった奇跡は何を物語っているのでしょうか。この日に誕生した教会とは何なのでしょうか。どのような共同体なのでしょう。

それは一つの言葉、すなわち天からの神さまの言葉が、世界中の多様な言葉、種々の異なった言葉で語られ、聞かれることにより、様々な言葉の違い、民族の違い、文化の違いを超えて、一つに結び合わされる共同体が誕生した、それが神の教会であることを教えていると思います。

このとき聖霊が一つの神の言葉を、様々な異なった言葉で語らせていました。聖霊は一つです。その一つなる聖霊にあずかるわたしたちは皆、異なっています。しかし、その異なっているわたしたちは、一つの同じ聖霊によって、結び合わされて一つです。

この一つである共同体は空間的広がりとともに、歴史的、時間的広がり、すなわち、過去の人々とも繋がっており、また将来の人々とも聖霊によって繋がっている共同体です。
それを生かしてくださるのは、神さまです。父なる神様であり、今も復活して生きておいでになり、天の父なる神さまのみ座から聖霊をわたしたちに注いでくださるイエス・キリストであり、イエス・キリストがそのお方によってわたしたちのうちに生きていくださる聖霊です。

ウクライナ語を話すウクライナ人と、ロシア語を話すウクライナ人が戦争をしています。かつて、言葉を奪われたアイヌの人々、沖縄の人々、朝鮮半島の人々が今なお悲しい歴史を覚え続けています。しかし、この世界を創造された神さまは、それぞれの言語と文化を祝福し、それらの言葉で神の言葉を語らせ、聞かせてくださいます。

今日、神の言葉が聖霊によって、それぞれの文化、それぞれの言語の中にもたらされ、救いをいただけるようになったことを覚えたいと思います。

150年前、横浜で起こった日本の教会の誕生の出来事もそのような出来事でした。その時のことを植村正久が50年後に書き残した文章の一節をお読みします。

わたしが学校に入学したのは、初週祈祷会があっていたときのことでした。そこでわたしはキリスト教の教えに出会ったのです。わたしが生まれて初めて聞いた説教は、聖霊の注ぎについてのペンテコステの説教でした。宣教師の日本語は分かりにくかったです。しかし、キリスト教の神についての考えがなんとかわたしの魂を捉えました。それはわたしには、とても古く、かつ新しいものに思われました。その考えは広くて、思いを引き上げてくれました。軍神、加藤清正の崇拝者だったわたしに、新しい世界が開かれました。わたしの若い心は、一人の真の神、いつも、どこにもおられ、聖にしていつくしみ深いお方という素晴らしい信仰に魅了されました。議論するまでもなく、それ以上、研究する必要を感じることもなく、わたしは自分がすでにクリスチャンであると感じました。まさに、その日から、わたしは神に向かって「天にいますわたしたちの父よ」と呼びかけて、祈り始めたのです。

植村正久は、宣教師バラのキリスト教の説教を生まれて初めて聞いた、その日に、新しい世界が開けて、その日に洗礼こそ受けませんでしたが、自分はもうすでにクリスチャンだと感じ、その日から「天にいますわたしたちの父よ」と祈るようになりました。

今日、神さまは、天からの風である聖霊によって、わたしたちに新しい歴史の地平を切り開いて、その歴史にわたしたちを巻き込んでゆかれます。聖霊は今も、教会を生かす主体であられ、歴史の主人公であられるのです。

父と子と聖霊の御名によって